米作や養蚕、乳牛からはじまった。
1950年(昭和25年)一代目園主結婚
ユンボもブルドーザーもない時代
厳冬の間雪の中手作業で果樹園のための開墾を行う。
人を雇っての重労働、日給300円の時代である。
1957年(昭和32年)果樹栽培が中心となる。
昭和初年輸入の英国原種、西洋梨の代表的品種パートレットやさくらんぼ ぶどうを栽培。
傾斜地であることが 水はけや日当たりなど好条件となり果樹栽培を拡大していく。
1973年(昭和48年)観光さくらんぼ園を開始。
さくらんぼ(人気の高級品種佐藤錦)を拡大。
1978年(昭和53年)
二代目現園主の結婚(京都より嫁ぐ)

ラフランス栽培の拡大。
全国でもめずらしい西洋梨の栽培 研究などにも力をそそぎラ・フランスの名産地として全国に上山の名が認知される。

さくらんぼ栽培においてバイオ栽培の導入、近年はステビア(ハーブ)農法など安全な作物づくりに力をいれる。
2004年(平成15年)
三代目次期園主の結婚(仙台より嫁ぐ)

オープンカフェの開店。
ラズベリーの栽培をはじめる。
自然のよさをそのまま体験してもらえる観光果樹園としてまた、より安全なものをお客さんに提供できるよう「新しい農業の形」を追求しながら日々努力を重ねる。
現 在
じいちゃん夫婦 とうちゃん夫婦 そして若夫婦
親子三代 家族みんなで 果樹畑にでて
元気なくだものづくりに取り組んでいます。







 このあたりは宮城県七ヶ宿から山形県上山市にぬける羽州街道の宿場町でした。江戸時代ここを宿場として参勤交代がおこなわれました。現在も楢下(ならげ)宿と呼ばれ 平成七年には建設省の[歴史街道]に指定されました。
 「うばふところ」とは現在皆沢になっているこの地区のもとの名称です。歌人・与謝野晶子の短歌のなかに「うばふところ」ということばがでてきますが 居心地のよさを表現したと短歌研究者は解説してるとか。「うばのふところ」とは「日当たりのいい暖かい所」という意味で使われていとされているという説が、ありますが、この名前のイメージのようにお客さまが、居心地のいい場所と感じてくだされば、うれしくおもいます。